吉良よし子君
日本共産党の吉良よし子です。
 この夏、初めて十八歳選挙権が行使されました。今お配りしている資料のとおり、七月の参議院選挙での十代の投票率はどうだったかといえば、全国平均で見れば全体よりも十代は低いという結果ではありましたが、東京など首都圏を中心とした都市部などでは十八歳の投票率が全体を上回るという結果になっております。そして、何よりも注目すべきなのは、一定数が高校に在籍していて主権者教育をリアルタイムに受ける機会があったと考えられる十八歳の投票率が、全国で十九歳の投票率を上回っているということです。つまり、若者の政治参加を促すためには主権者教育、これは欠かせないということは今や明らかであり、その実践を豊かに広げていくことは重要な政治課題だと思います。
 ここで、まず文科省に確認いたします。
 昨年十月に出された通知「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」には、主権者教育について何と書いているか、該当部分を御紹介ください。
文部科学省・藤原誠君
お答え申し上げます。
 御指摘の通知におきましては、選挙権年齢が引き下げられたことなどを契機といたしまして、まず第一に、習得した知識を活用し、主体的な選択、判断を行い、他者と協働しながら様々な課題を解決していくという国家、社会の形成者としての資質や能力を育むことがより一層求められる。このため、議会制民主主義など民主主義の意義、政策形成の仕組みや選挙の仕組みなどの政治や選挙の理解に加えて現実の具体的な政治的事象も取り扱い、生徒が国民投票の投票権や選挙権を有する者として自らの判断で権利を行使することができるよう、具体的かつ実践的な指導を行うことが重要である。その際、法律にのっとった適切な選挙運動が行われるよう公職選挙法等に関する正しい知識についての指導も重要である。
 他方で、学校は、教育基本法第十四条に基づき、政治的中立性を確保することが求められるとともに、教員については、学校教育に対する国民の信頼を確保するため公正中立な立場が求められており、教員の言動が生徒に与える影響が極めて大きいことから法令に基づく制限などがあることに留意する必要があるということが示されております。
吉良よし子君
最後の方まで読んでいただいたわけですけれども、重要なのは、自らの判断で権利を行使することができるよう、具体的かつ実践的な指導を行うことが重要だと書かれていると。また、その前には、そうした国家、社会の形成者としての資質や能力を育むことがより一層求められると書いてあるということです。
 これは、十八歳選挙権が認められてからの新通知なわけですけれども、その前に出されていた、一九六九年に出されたいわゆる旧通知の中では、生徒は未成年者であり、国家、社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないとされていたことに比べれば、この新通知は主権者教育推進へと大きくかじを切ったものなわけです。
 実際、これを受けて、文科省、総務省からは、昨年、副読本「私たちが拓く日本の未来」というものも出されまして、参院選前に様々な主権者教育の取組が各地で進められたわけです。
 私も先日、東洋大で行われた模擬選挙研究会二〇一六に参加しまして、現場の先生方の具体的な実践発表を伺ってまいりました。その中では、模擬投票するだけじゃなくて、国政課題について討論をしてみたり、また、学校や地域の課題について話し合う、そういったところから段階的に生徒が政治を身近に考えられるようにする授業などが報告されました。
 また、学校関係者からだけではなくて、例えば新潟市議会では議員の側が超党派で取組を進めていて、新潟市主権者教育推進協議会の主権者教育プログラムの中に地元議員との交流などを盛り込んで、模擬市議会とか地域課題解決ワークショップとか、市議会の傍聴、見学、議員との交流、意見交換という四つの企画案というものを提案して、これらを市内の学校長らに活用してほしいとの働きかけを始めたという報告もありました。
 また、新潟だけではなくて、長野県の松本市では、実際に超党派の市議会議員四人が松本工業高校に出向いて、市議会の役割だとか議員の仕事について紹介して生徒たちと交流する授業が行われているなど、その他の地域でも同様の取組が行われているというお話でした。こういう主権者教育の様々な実践、取組というものを更に全国的な流れにと広げていくためには、やはりもっともっと条件整備というものも必要だと思うわけです。
 例えば全国高等学校PTA連合会は、昨年九月、十八歳選挙権年齢引下げに関する意見を発表して、その中で、主権者教育を学校全体の教育目標に位置付けること、全ての教科、科目の乗り入れを可能にする取組を推進すること、そして大学やNPOなどとの連携についての期待を述べています。
 こうした積極的な意見について前向きに検討して文科行政に取り入れるべきと考えますが、大臣、いかがでしょうか。
文部科学大臣・松野博一君
学校においては、主権者教育に取り組むに当たり、政治的中立性を確保しながら、校長を中心に学校として指導の狙いを明確にすること、公民科での指導を中心にしつつも、総合的な学習の時間や特別活動なども利用して系統的、計画的な指導計画を立てて実施をすること、家庭や地域の関係団体等と連携、協力を図ることは重要なことであると考えております。
 文部科学省としては、総務省と連携して作成した副教材の教師用指導資料や通知などにおいてもこれらの点に配慮することを盛り込んでおり、今後とも学校や教育委員会等に周知するなど、主権者教育の充実を図ってまいりたいと考えております。
吉良よし子君
主権者教育の充実を図っていきたいということでしたけど、先ほど具体的に、全国高等学校PTA連合会というところが、主権者教育広げるためにはこういうことが必要でないかと提案をしているわけですよ。そうしたものを具体的に取り入れていく、そういう取組が必要じゃないかということを、私、申し上げているわけです。その点についてもうちょっと触れていただきたかったわけですけれども。
 ただ、問題は、今そうして主権者教育、広げていくと大臣おっしゃられたわけですけど、その中で、先ほど来、政治的中立性とこの答弁の中でも繰り返し述べられているように、現場でもこの政治的中立性というのが強調され過ぎているのではないかという現状があるわけです。
 もちろん、いかなる立場であっても、教員が自分の主義主張を生徒に押し付けること、これはあってはならないことです。これは日本共産党の一貫した立場であります。しかし、選挙のたびに教職員等の選挙運動の禁止等についてなどの通知が出されて、現場で読み上げられて、政治的中立性が殊更強調されることで、現場では、主権者教育にちゅうちょする声であるとか、若しくは困惑する声であるとか、実際の実践、授業に妨げがあったという例なども聞こえているわけです。
 私、驚いたのは、教育研究会などで、ある若い教員の方の中では、教員は投票していいのか、政治的中立性を逸脱することにならないかと、そういう発言をする方まで出てきたということなんです。もちろん、投票するのは教員であっても当然できることだと思うわけですが。
 ここで確認したいと思います。さきに紹介した、そもそも生徒の政治活動を禁止していた旧通知の方ですね、そちらには、教師がそれぞれ個人として意見を持ち、立場を取ることは自由との文言が書いてありました。が、新通知の方ではその文言が削除されてしまっておりますと。ただ、先ほど来申し上げているとおり、投票することを含め、教員であれ、個人として意見を持つ自由、それは保障されると思うわけです。そういう立場は大前提だと思うのですが、新通知においても、意見を持つ自由、保障されるという立場は変わらないということでよろしいでしょうか、大臣。
松野博一君
公職選挙法改正により選挙年齢が十八歳以上に引き下げられたことに伴い、有権者となった高校生が選挙活動を行うことが可能になったため、昭和四十四年の通知を見直し、昨年十月に新たな通知を発出しています。
 教員が個人として政治的な意見を持つことは、内心の自由を保障している憲法の規定により当然であり、その点は昭和四十四年の通知と同様であります。他方、同時に、指導に当たっては、教員は個人的な主義主張を述べることは避け、公正かつ中立的な立場で生徒を指導することと明記をしており、この点も昭和四十四年の通知と同様でございます。
吉良よし子君
憲法で定められているとおり、教員自身が主義主張を持った一人の個人であるということは何ら妨げられるものではない、思想、信条の自由は保障されている、もちろん投票もできると、そういうお話だと思うわけです。
 そもそも、主権者教育ということを考えた場合、じゃ、どういうことかといえば、先ほど新通知にもありましたとおり、自らの判断で権利を行使することができる、そういう子供を育成する教育のはずなわけです。副教材の「私たちが拓く日本の未来」、これ、文科省、総務省が先ほどおっしゃったように作成したパンフですよね、の中でも、課題を多面的、多角的に考え、自分なりの考えを作っていく力、合意形成する力、根拠を持って自分の考えを主張し説得する力など、身に付けていくことが必要だと書かれているわけです。とするならば、それを指導する教員自身にも、そうした積極的な政治的な主張を持つとともに、合意形成や主張、説得する力、そういったものを持つことが求められるのは当然のことだと考えるわけです。
 ところが、先ほど大臣が述べられたとおり、あっ、ところがではないですね。ただ、新通知の中では、現実の具体的な政治的事象、これを取り扱うということも書いてあります。先ほど来、政治的中立性と言われているわけですけれども、授業で政治的論争のある課題を取り上げることというのは否定されていないはずですね。
 その場合、じゃ、教員はどう振る舞えばいいのかというところで、主権者教育に先行的に取り組んでいる諸外国の状況について、私、確認をしたいと思うわけです。これについては、総務省では平成二十三年、二〇一一年に常時啓発事業のあり方等研究会というものが行われていて、各国の政治教育について報告がなされているわけです。
 そこで、総務省に伺いますが、ドイツについては七月二十五日の議事概要二ページ目の該当部分、四項目めです、そしてイギリスについては十月二十六日の議事概要三ページ目の一項目め、それぞれ御紹介ください。
総務省・宮地毅君
お答え申し上げます。
 平成二十三年に総務省で設置をしておりました常時啓発事業のあり方等研究会での議論の中で、平成二十三年七月二十五日議事概要のまず御指摘の箇所につきましては、ドイツの政治教育における政治的中立性の考え方についての有識者による報告におきまして、教員は、意見の多様性の擁護者という役割を引き受けなければならないが、これは教員自身が特定のポジションを取ってはいけないということではなく、教員も自ら意見の多様性の一部として生徒の前に立ち現れる必要があると紹介されております。
 次に、平成二十三年の十月二十六日議事概要の御指摘の箇所につきましては、イギリスのシチズンシップ教育についての有識者による報告におきまして、政治的リテラシーの教育に重要なポイントは、大きく分けると三つの方法が提案されていて、一つ目はニュートラル・チェアマン・アプローチ、教師が中立的なチェアマンになり、自分の意見を言わないで議論のファシリテーターに徹するアプローチ。二つ目がバランスドアプローチ、均衡を取るアプローチで、議論が正論に流れがちなときにあえて反対意見を言うこともある。三つ目がステーティド・コミットメント・アプローチ、教師が最初から明示的に自分の意見を言い、教室の議論を活性化させる。論争的な課題を扱う際に、教師はどれか一つに偏してはならず、この三つをうまく組み合わせることが重要とされていると紹介されているところでございます。
吉良よし子君
つまり、ドイツでもイギリスでも、教員の側が自分の主張であったり一つの立場を取って主張するということを否定しているわけではないわけです。実際、ドイツの方では政治教育の原則であるボイテルスバッハ原則というのがあって、その一項目めに、教員による圧倒の禁止というのがあるんです。ただ、それでもその主張を取るということは否定されていない。実際、今日の朝日新聞にも掲載されていたんですけれども、今月行われた日弁連のシンポジウムの中でも、ドイツの政治教育専門のゲオルグ・ヴァイセノ教授が、生徒から先生はどう考えると聞かれて、教師が中立の立場で沈黙することはあり得ないと述べられています。
 こうした各国の在り方に比べ、先ほど来大臣がおっしゃっているように、日本で、指導に当たっては教員は個人的な主義主張を述べることは避けるというふうに、主張を述べることを一律に禁止するというやり方というのは余りに授業の自主性、独創性を縛るものではないかということを申し上げたいと思います。
 日弁連の方も、人権擁護大会でこの点については、現実の政治課題について子供たちが学校内外で自由闊達に意見を表明したり議論したりすることが過度に制限されることになりかねないと批判をしているわけです。もちろん、授業の中で教員が自身の主張を述べることが、片方の主張を述べることが教育上の効果が出ないと考えるなら主張を述べる必要はありませんけれども、それを決めるのはあくまでも現場の教員であって、生徒を圧倒したり主張を押し付けたりしない、これを大前提としつつ、現場での豊かな主権者教育の実践を後押しする、これこそが政治の役割ではないかと、このことを、私、この場で述べたいと思うわけです。
 ただ、残念ながら、こうした主権者教育の実践を後押しすることに水を差す動きがあるということ、現時点であるということが見過ごせないわけです。それが、さきの参議院選挙の際に自民党が行った、学校教育における政治的中立性についての実態調査です。その調査は、子供たちを戦場に送るなという主張が政治的中立性から逸脱するなどと例示した上で、教員の政治的な発言などについて具体的な内容にまで踏み込んで密告させようというもので、参議院選挙の後には削除されましたが、社会的にもとても関心の高い事案でありました。
 ここで改めて一点確認したいんですけれども、中学の学習指導要領においては、日本国憲法の平和主義について理解を深めるという内容があります。その内容の解説には何と書かれているか、該当箇所を御紹介ください。
藤原誠君
お答えを申し上げます。
 御指摘の学習指導要領の解説につきまして、該当部分を読み上げたいと思います。
 「(3)私たちと政治」の「ア 人間の尊重と日本国憲法の基本的原則」における平和主義の原則についての学習との関連を図り、日本国民が、第二次世界大戦その他過去の戦争に対する反省と第二次世界大戦の末期に受けた原爆の被害などの痛ましい経験から、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように望み、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、国の安全と生存を保持しようと願い、国際紛争解決の手段としての戦争を放棄し、陸海空軍その他の戦力を保持しないことを決意したこと、そして人間が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存することを心より願っていることについて理解を深めさせることを意味している。その上で、各国が自国の防衛のために努力を払っていることに気付かせるとともに、歴史的分野における学習との関連を踏まえつつ、国際情勢の変化の中、自衛隊が我が国の防衛や国際社会の平和と安全の維持のために果たしている役割、日米安全保障条約などにも触れながら、平和主義を原則とする日本国憲法の下において、我が国の安全とアジアひいては世界の平和をいかにして実現するか、また、さらに我が国が行っている世界の平和と人類の福祉に貢献している様々な国際貢献について考えさせることを意味していると記載されております。
吉良よし子君
後半も付け加えて言っていただいたということですけれども、平和主義については、つまり憲法に書いてあるとおり、第二次大戦等の過去の戦争に対する反省などの経験から、再び戦争の惨禍が起こることのないようにという憲法の平和主義を学習指導要領でも理解を深めるように書かれているということが確認されたと思うわけです。
 そもそも、調査においてはこの政治的中立性を逸脱すると例示された子供たちを戦場に送るなという言葉があるわけですけど、この言葉は憲法の平和主義に照らして当たり前の発言なわけです。これを政治的中立性を逸脱するものだとするなどというのはあり得ないと。事実、調査においても様々な批判を受けて、この文言は削除されました。後の新聞報道の中では、調査に当たった当時の自民党文部科学部会長の木原稔氏も子供たちを戦場に送るななんて当たり前だと発言していることからも、これは明らかだと思うわけです。
 その上でもう一点、この調査が問題なのはそのやり方だということを述べたいと思うわけです。
 実態調査と言いながらも、ネットを通じて当事者の知らないところで事実かどうか分からない一方的な情報が他に告発されるというやり方です。これはもう政党による教育への不当な介入と言わなければならないと思うわけです。ネット上でも、一線を越えている、紛れもなく警察国家だとか、密告社会の到来だとの怒りの声が上がり、各種報道の中でも教員や生徒にネットを通じて同僚や恩師を密告することを奨励するようなものではないかと批判が相次いでいるわけです。
 大臣も、この間、就任記者会見のときにこの問題について問われていらっしゃったと思いますが、この密告フォームとも呼ばれるような調査についてどうお考えなのか、国民の批判に対してどう向き合うのか、お答えください。
松野博一君
自民党が行った調査については、政党の政治活動の一環として行われたものでありまして、文部科学省としてコメントをする立場にございません。
吉良よし子君
 コメントする立場にないということですが、そもそもこの調査、問題なのは、ただ単にそれだけじゃなくて、やっぱり、私、今日議論しているとおり、主権者教育広げましょうと言ってまいりました。それに水を差す調査になってしまっていると、その点が問題だということなんです。
 副教材「私たちが拓く日本の未来」の作成協力者でもある林大介東洋大学助教も、東京新聞のインタビューに答えて、模擬投票によって偏向教育が行われやすいという誤解を招く内容であり看過できないとして、殊更告げ口させ罰するやり方は現場を萎縮させるだけだと調査について批判しているわけです。
 大臣は所信で現場第一の姿勢だとおっしゃいました。であるならば、主権者教育を推進する立場の文部科学大臣として、それに水を差すような、密告フォームのようなやり方はあってはならないと、そういう立場に立つべきではないのでしょうか、いかがですか。
松野博一君
政党がその政党の責任において行われている政治活動に対する評価は、その政党が責任を持つということだと思います。
吉良よし子君
政党の評価をしてって言っているわけじゃないんですね。やはりこういうような、密告フォームと言われるような、そういう調査が、どこの政党であれ、どういう立場であれ、やられてしまうと、現場の教員の皆さんが萎縮してしまうじゃないかということを申し上げているわけです。
 今、やっぱり、十八歳選挙権というものが導入されて、本当に、子供、若いうちから政治に対して身近に感じてほしい、主権者としての意識を持ってほしいと国として訴えているときに、それを指導する立場にある教員の皆さんを萎縮させるような、そういう事態はあってはならないと、その立場で、私、この問題などにも対応していただきたいと思っているわけです。
 東洋大の研究会に来ていた主権者教育を受けたある高校生は言っていました。選挙権年齢の引下げはチャンスだと思う、若いから分からないと思われたくはない、私が投票することで政治が変わると希望を持って投票に行きたいと話していたわけです。
 こうやって主権者として社会や政治に希望を持って関わろうとする若者をもっと増やしていくためにも、そういう現場を萎縮させるような調査のようなものは今後一切やるべきではないということ、各党でも厳に慎むように呼びかけたいと思いますし、それと同時に、私たち政治家も、むしろ学校や主権者教育に関わる関係者とともに、政治について自由に考え、議論できる場をどんどんつくっていくために力を合わせようということを申し上げて、この場での質問を終わります。