吉良よし子君
日本共産党の吉良よし子です。
参考人の皆様、本日はありがとうございます。
では、まず小林参考人にお聞きします。
憲法第九十六条は、憲法改正の手続について、一、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議すること、そして二番目に、国民投票で過半数の賛成が必要という二段構えの仕組みを定めています。憲法上、改憲を発議できる唯一の機関である国会がこの第一段階の改憲発議を行おうとする場合、その構成は民意を正確に反映したものであり、発議に至る審議は国民に完全に開かれた状況で十分に尽くされなければならないことは当然の前提だと考えます。
そこで問題は、国会の現在の構成がこの憲法上の要請に応えるものとなっているかどうかという点です。
小林参考人は、先ほど、最初のお話でも、現在は正しい代議制とは言えないとの御意見もありましたが、かねてから、現在の国会は両院ともに民意を正確に反映しているとは言い難い、選挙制度の根本欠陥である小選挙区制の導入によって、主権者国民が自分たちで自分たちのことを決めるという間接代議制の擬制が成立していない、日本の民主主義の機能不全は解決されないままであると指摘されておられます。こうした状態を放置したままでもし改憲が発議されるとしたら、私はその正当性に疑義が生じると思うのですが、この点についての御意見をお聞かせいただきたい。
また、今日の国会に課せられている重要な課題というのは、民意を正確に反映する選挙制度に改正し、国会を真に国民を代表する機関、国権の最高機関にふさわしい構成に改めることだと考えますが、この点についても小林参考人の御見解をお聞かせいただきたいと思います。
参考人 小林良彰君
まず、現在の国会の構成が、代議制民主主義が正しくないと申し上げているのではなくて、有権者の投票行動の決定要因が、これは有権者側の問題なんですが、代議制民主主義の機能として理想的とは遠いということを申し上げております。これは要するに、争点で投票していなくて違うことを要因で投票しているということになります。
さて、御質問の点ですが、ありがとうございます、恐らく定数不均衡のことを少し念頭に置いていらっしゃるのではないかと思いますが、私もその定数不均衡はあってはならないというふうに考えております。ただ、定数不均衡についての考えがややほかの方と違うかもしれませんが、私は有権者数とか人口で決めるのではなくて、投票数に応じてその定数は決まるべきものであるというふうに考えております。
 つまり、現行の考えというのは一票の投票機会の平等、法の下の平等を問うておりますが、一票の等価値性は問題にしておりません。分かりやすい例を言いますと、仮に有権者人口四十万の選挙区が二つあったとします。片方が投票率が八〇%ですと、三十二万票で一議席になります。片方が四〇%だとすると、十六万票で一議席。実は一票の格差は一対二に開いています。というように、有権者数や人口で計算をする、これ、実はアメリカから来たのが人口の説です。アメリカは、御存じのとおり、要するに住民票というのはありません。それから有権者が登録制ですから、あらかじめ計算ができないので人口でやっているということになります。日本は住民票もあれば選挙人名簿もございます。それから投票数も分かりますので、それで計算をするという形の方が私は正しいというふうに思っております。
ですから、自動的に定数不均衡が起きないような選挙制度、今日は多分時間がないと思いますが、そういうものもございますので、これやはりドイツがやっておりますが、こういうような制度に私は改める方が正しいのではないのか。つまり、五十六条が、その発議というのが国民の民意をむしろ背景にしているものであれば、それが正しく反映された民意で行われるべきであるというふうに私は思います。
吉良よし子君
ありがとうございます。
では、この改憲発議を行う国会の構成の正当性について、伊藤、愛敬両参考人はどうお考えか、御見解をお聞かせください。
参考人 伊藤真君
私も、九十六条の発議の前提として、国会議員が民意を正しく反映していること、それは必要なことだと考えます。先ほど申し上げたとおり、それは正当に有権者、主権者の意思を反映しているということが必要だと思いますので、人口比例に基づく選挙制度の下で選ばれた国会議員であるということを前提としなければならない、それを前提とすべきであるというふうに考えています。
参考人 愛敬浩二君
まず、投票価値の平等との関係で申しますと、やはり違憲状態である国会で提案するのは望ましくないとは思っています。違憲だということまでは言えないと思いますけれども、やはり国民意思をきちんと聞く機会として国民投票があるという位置付けであるならば望ましくないという言い方はできるとは思います。
また、国会の構成に関しまして、吉良議員からは、多分、より国民の意思をきちんと反映させるためには比例代表とかの方が望ましいのではないかという趣旨も含まれているのではないかと思いましたが、これもなるべく国民意思を反映するためには比例代表の方が望ましいという言い方はできるかなと思うんですが、他方、比例代表でなければ国会が発議ができないという話ではないと私自身は考えております。
吉良よし子君
では次に、第二段階の国民投票について、伊藤参考人、愛敬参考人に伺います。
現行の改憲手続法には、多くの国民が懸念を表明しているように、最低投票率の規定がないことを始めとする根本的な欠陥があると考えます。このままでは、先ほど来ありますように、有権者の一割、二割の賛成でも改憲が承認されかねません。つまり、第一段階では私の考えでは国民の意思と懸け離れた構成の国会の発議により、第二段階で国民の多数意見とは言えない賛成で改憲が承認されてしまうという、二重の意味で正当性を大きく損なってしまうのではないかと懸念を持っております。
にもかかわらず、この最低投票率の規定を本法案に定めないことについて、発議者はボイコット運動が起きる可能性、民意のパラドックスなどを理由に挙げていますが、これらはこの最低投票率を定めないことの正当な理由となり得るのか、その点についてお二人にお伺いしたいと思います。
参考人 伊藤真君
私も、最低投票率をどの程度にするのかというのは議論があるかと思いますけれども、一定の歯止めは必要だということを述べてきました。元々、有権者の意思を測る、そのときに、主権者としてこの憲法を変えたい、積極的にここに不都合があるからこう変えたいという主権者の意思がどれほどあるのかということを、この国民投票のところでやはり判断をすることが必要だろうと思っています。
その積極的に変えるというその意思の数が余りにも少ないということであれば、やはり主権者国民がこの憲法を変えるという積極的な意思を持っているとは判断すべきではないだろうと思っています。棄権等々ありますが、それは、あくまでもこの国民投票は、現在の憲法が不都合であるからこうしたいという主権者国民の意思がうまく測れるような制度にするべきだろうと考えています。
その点で、ボイコット運動ですとかもよく挙げられますけれども、それは一つの、言わばそのボイコット運動を受けて自分が変えたいと思うかどうか、積極的に変える意思を持っている人数がどれほどかというところには影響しないと思っていますので、それは根拠にならないと考えています。
参考人 愛敬浩二君
ありがとうございます。
まず、最低投票率に関しまして、私も、五〇%というような数字ではなくとも何らかの数字は置く方がいいのではないかと先ほど申し上げました。先ほど小林参考人の御提案は非常に興味深い提案だと私は思いました。
それからもう一つ、長谷部恭男教授が提起している問題は重要だと思うんですけれども、国会の発議から国民投票まで二年以上の期間を置くか、若しくは総選挙を挟むべきという提案なんですね。これ、なぜ貴重かといいますと、そうすると、もしかしたら議会の構成が変わるかもしれないという状況の中で提案することになりますので、長期的な視野に立って改憲案が提起されるだろうということですので、これは参考にすべき御議論ではないかと思います。
あと、最後一点なんですけれども、これは松沢議員からも御質問がありましたが、この憲法改正国民投票法は、国会の発議要件が二分の一、過半数に変えられるかもしれないという状況の中でこれは手続法が議論されているわけですね。そうすると、最低投票率であるとか熟議期間の設定とかをきちんと議論しないで一旦手続法が制定されて、さらに国会発議要件が二分の一に変えられてしまったら、これは相当問題が大きくなるのではないかと思います。
ですので、過半数に変更するという改憲案が提起されているということを踏まえてこの手続法に関する議論はするべきではないかと考えております。
吉良よし子君
では次に、投票権年齢と選挙権年齢について伺います。
前回の参考人質疑では、本改正案では国民投票権は法施行四年後に十八歳になるのに、その改憲案を発議する国会議員を選ぶのは二十歳以上という状態が長期に続き得るものとなっており、それは憲法に違反する法状態を生み出す蓋然性となるという内容の御意見がありましたが、この点について、今度は小林、愛敬両参考人はどうお考えでしょうか。
参考人 小林良彰君
直ちに違憲とは言えないまでも、私はその両方の年齢は等しくあるべきだと思います。
私は、これは、実は選挙権年齢については、国民投票の投票権年齢の引下げに関わらず私は元々引き下げるべきであるというふうに考えておりますけれども、少なくとも国民投票の投票権年齢が引き下がるのであれば、選挙権年齢を引き下げないというのは、これは選挙権等々のあるいは参政権の平等の趣旨からいえば私は当然に出てくる要請であり、引き下げるべきであるというふうに思います。
参考人 愛敬浩二君
私も同じでして、やはり国民投票の権利と選挙権が異なるというのは説明することが非常に難しくて、結局、それは何か便宜的なものになってしまう。手続法を早期に使えるものにするという非常に便宜的なものになってしまうわけですので、やはりこれは一致させるということが望ましいですし、それをきちんと法的に可能にするような努力というのもしていただけたらと思います。将来の課題というふうになってしまうのは非常に問題ではないかと思っております。
吉良よし子君
では、愛敬参考人に伺います。
現憲法は主権在民と基本的人権を侵すことのできない根本原理としています。そして、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については最大の尊重を必要とすると述べて、戦前の明治欽定憲法のような、法律で何でも規制できる式の考え方を厳しく退けていると考えます。
ところが、今、安倍首相自ら、憲法は国家権力を縛るものだという考え方があるが、それはかつて王権が絶対権力を持っていた時代の主流的考え方だと立憲主義を真っ向から否定し、自民党改憲案を説明した自民党のQアンドAでは天賦人権説に基づく規定ぶりを全面的に見直したと、人類が到達した基本的人権すら否定する考えをはっきりと示しています。
愛敬参考人は、いわゆる憲法改正限界説を述べておられますが、私はこのような内容の、いわゆる自民党の改憲案を国会が主権者国民に向けて発議すべき憲法改正案のたたき台として国会に提出すること自体、立憲主義に照らしてもそもそも許されないのではないかと考えますが、参考人の御意見をお聞かせください。
参考人 愛敬浩二君
その点に関しましては、参考資料にお配りした私の文献をお読みいただきますと、私は実は憲法改正限界説に近い立場を取っておりまして、といいますのは、結局、日本国憲法の改正要件は非常に厳しいものですから、国会の三分の二の発議を経て、かつ国民投票まで経るわけです。そうすると、それが仮に日本国憲法の基本原理を侵しているとしても、裁判所も、それから公務員の方々もそれを実行し始めると思いまして、そうした場合にはもはや憲法改正の限界を超えたかどうかという議論をしても余り意味がないという立場を取っています。すなわち、それは新憲法の制定として妥当性が成立するだろうという立場を取っておりまして、この点は私は通説ではないと思います。私は専門がイギリス憲法との比較研究なものですからこのような考え方になってしまうのかもしれません。
他方、憲法改正に限界があるということの意味は、国民がそれが限界だと思い、国会であれ政府であれそういう改正をさせないということを決めるというか確保するというか、そういう意味では極めて大きいことだと思いますので、そういう観点からやっぱり憲法改正の限界を語る意味はあるかとは思っています。
吉良よし子君
どうもありがとうございました。終わります。