吉良よし子君
日本共産党の吉良よし子です。
私は、安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定という解釈改憲は、最高法規である憲法の尊重義務を課せられている内閣による立憲主義を否定する改憲であると思います。だからこそ、学生、サラリーマン、高齢者など広範な国民から厳しい批判の声が上がっているのであり、私は閣議決定撤回を求めます。
また、私は、国会において憲法について議論される場合、現憲法の歩みに対して余りにも否定的な議論が横行していることに驚いています。大日本帝国憲法の下での五十七年間の歴史はずっと戦争に次ぐ戦争でした。現憲法はそうした歴史への反省から出発したものであり、平和をうたう憲法前文と九条の下、一度も戦争で殺し殺されていないという六十七年の実績、歴史があります。それは大日本帝国憲法よりも長い歴史です。
今、改憲論者からもこの九条の役割について、誇っていい日本の新しい国柄ですとその価値を認める発言も出されています。私はまさに今、この六十七年の現憲法の歴史そのものに誇りを持ち、守り抜くことが重要だと考えます。
もちろん、大日本帝国憲法下の社会への反省から生まれたのは平和だけではありません。生存権、教育権、働く権利、幸福追求権など、国民の暮らしと権利を保障する誇りある規定が現憲法に定められています。
例えば、働くということについて考えれば、二十二条に職業選択の自由、二十五条、生存権、二十七条、勤労の権利などがあり、これらに対応するために職業安定法や労働基準法が制定されました。ところが、現状はどうか。働く人、とりわけ若い世代の半数は非正規雇用であり、それを背景にブラック企業もはびこって、低賃金、長時間過密労働で将来の夢や希望を持てない生活を強いられています。それは決して彼ら自身に能力がないからではありません。戦後の歴代政権によって働く権利を踏みにじる改悪が続けられてきたからです。例えば、禁じられているはずの労働者供給や中間搾取を労働者派遣の名によって解禁しました。今またそれを野方図に拡大し、ただ働き残業の合法化も進めようとしています。
私はさきの国会で憲法の理想に現実を近づけることこそが政治の仕事だと訴えましたが、もし憲法を語るなら、様々な改悪により現憲法の掲げる理想を壊している今の政府のやり方こそ、最も真剣に語られなければならないと思います。それは憲法を具体化する立法権を有する国会としての第一義的義務であるという考えを述べ、発言といたします。